ドイツ車、とひとことで言っても、ドイツ国内にはいくつもの自動車メーカーがあり、発表している車種やタイプ、特徴などもそれぞれ異なった個性をもっている。

ここでは、代表的ドイツ車メーカーとそれらの特徴をいくつか紹介してみよう。

メルセデス・ベンツ
まずはお馴染み、メルセデス・ベンツです。ベンツの創始者カール・ベンツと、アメリカのダイムラーの創設者ゴッドリー・ダイムラーが、世界共通の認識として「自動車の発明者」とされている。メルセデス・ベンツは、世界最古の自動車メーカーなのである。量産車としての自動車の中では圧倒的なブランド力を誇っている。メルセデス・ベンツが最も大切に守りつづけている設計思想、それは「安全性・耐久性・運動性能」という、車にとって最も基本的であり、またそれは追求することが最も難しいものでもある。中でも特に安全性に関してはかなりの定評があり、メルセデス・ベンツはすでに1940年代からクラッシュ・テストを導入し設計に取り入れ、安全性を追求している、という実績がある。また、ボディや車のつくりそのものも非常に頑丈にできている。メンテナンスを定期的に行い大切に扱えば、メルセデス・ベンツは数十年もの間実用に耐えることができる、と言われている。
 我々日本人が持つメルセデス・ベンツのイメージは、概して「高級車」というもの一色と言っても過言ではないほどではないだろうか。しかし、高級車=値段が高い車、というイメージがそこに介在してしまってはいないだろうか。確かにメルセデス・ベンツは市場価格が高い。しかしそれは常に高性能な車を高次元で生産してきたからこそなのであって、「お金持ちが乗る車」「高い車」というよりはむしろ「値段に見合った性能を持つ車」という認識が正しいのではないだろうか。単に高額なだけの車とはひと味もふた味も違う何かを感じさせる車を製造する自動車メーカー、それこそがメルセデス・ベンツである。


BMW
「バイエリッシュ・モトーレン・ヴェルケ」の略であるBMW、バイエルンにあったエンジン製造工場が社名の由来だ。1916年に創立し、現在は主に自動車と2輪車の製造を行っているが、航空機用エンジンの開発も伝統的に行われている。自動車の製造を始めたのは1928年のことだ。イギリスのロールスロイス社とも提携は有名な話だが、ロールスロイス社も航空機のエンジン製造業界ではかなりのメジャーブランドだ。
 また、他のメーカーの同クラスの車にはあまり見ることのないスポーツタイプのエンジン、前後の重量配分がちょうど半分ずつであることにこだわったボディレイアウト、直列エンジン、質実剛健な走行性など、BMWの魅力は数え上げるときりがない。しかしやはり、最大の魅力はそのエンジンではないだろうか。
 BMWは今や直6の伝統を守りつづける唯一のメーカーになっている。BMWのエンジンラインアップは、直4、直6、V8、V12だ。V8は直4を繋げたもの、V12は直6を繋げたものなので、実質的には直4と直6と同じと考えてよいだろう。BMWは、エンジンが長く重くなっても、完全バランスと点火間隔の均等性に拘っている。運転者にとってはそれが非常に心地よいエンジンの響きとなって感じられるからだ。運転者の気持ち良さ、乗り心地を第一に考えて自動車を設計するメーカー、それがBMWのこだわりなのである。


オペル
1862年、アダム・オペルがオペル社を創業した。当時は自動車メーカーではなくミシン製造メーカーだった。その後1899年になるとオペルは自動車の製造を開始、国内の他メーカーよりも開始は遅かったものの、第一次世界大戦前にはドイツ最大のメーカーに成長していた。
 しかしその後、世界恐慌の流れがオペルをも直撃し、オペルはGMと提携せざるを得ない道をたどる。そしてそれから2年後、1931年にはGMに経営権を完全に譲渡する形で子会社化してしまう。その後1940年に一度GMとの関係を解消したが、1948年には再び傘下に収まり、その関係は現在も続いている。


フォルクスワーゲン
1934年、「ドイツ人民のための車」として開発された車こそが、フォルクスワーゲンの始まりだった。当時ドイツは裕福な顧客のために高級車を開発しているメーカーがほとんどで、そんな中「人民のための車」、というものの開発は、ドイツ国内のみならず世界に衝撃を与えた。引き受けたのはポルシェの創始者フェルディナント・ポルシェで、量産の手法を開発したのもこの時期が世界初であると考えられている。
 しかしその生産方法が確立されようとしていた第二次世界大戦時、その戦争の影響によって、国民のためではなく軍用車としての生産に切り替えられてしまう。戦争終結までの間、軍用車は6万台も生産されていたのに対し、一般用車はわずか600台ほどしか生産されていなかった。
 フォルクスワーゲンの魅力は、長距離ドライブを快適かつ安心して楽しめるといいうドイツ車らしい重厚感や、高い品質、そしてその魅力的なデザインである。ドイツ車にしては珍しく、遊び心溢れるデザインの車が多い。中でも代表的なのは「ニュービートル」だ。ニュービートルは発表されるとたちまち日本でも人気を博し、現在でも値崩れすることなくその人気を保っている。また、ゴルフやポロなど、定番車として安定した人気を誇る車もあり、日本にも根強いフォルクスワーゲンファンが存在していることを証明している。

ポルシェ
フェルディナント・フェリー・ポルシェが、1931年に設計事務所を開いたことからポルシェの歴史は始まる。1932年にヴァンダラー社から注文の3.25リッターの8気筒OHVスーパーチャージャー付きプロトタイプを設計(タイプ8)。同年モーターサイクルメーカーのツェンダップ社のために小型車のプロトタイプ(タイプ12)を完成。
 ポルシェと言えば超高級スポーツカー、というイメージを持っている人も多いだろう。「911」という名車シリーズは現在でも大変な人気を博し、モデルチェンジのたびに世界中が注目している。しかし、そんなポルシェも1980年代に一時期そのイメージを大きく変えようとしていたことがあった。比較的安価な924や、それまでのイメージを打ち破った928などを発売した時期がまさにそれに当たる。しかし、それらの車は発売されたものの、人々はそれをポルシェであるとは認めなかった。924に至ってはプアマンズポルシェなどと呼ばれた。ポルシェはやはり高価なブランド品であり、ステータスなのである。とにかく圧倒的なブランド力があるのが「ポルシェ」なのだ。
 性能面だけを見ると、今はポルシェ以上のものが世の中にいくつも登場しており、さらにそれらの値段はポルシェよりも安価だ。しかし、やはりスポーツカー=ポルシェ、という図式を覆す車はなかなか登場する気配はなく、ポルシェの圧倒的ブランド力はいまだに健在であるようだ。ちなみに、ポルシェのエンブレムの由来は、設立の地であるシュトゥットガルト市とバーデンビュルテンベルク州の紋章を組み合わせたもので、赤い横縞は知の象徴、金の地色は豊かさの象徴であるそうだ。


アウディ
ホルヒを設立したA=ホルヒが同社を去り設立した新会社がアウディだ。アウディの名を一気に高めたのは、オンロード用4WDシステムのクワトロだった。。
 第2次大戦後は、メルセデスベンツへ吸収された後、フォルクスワーゲンの傘下へ。1969年にはNSUと合併、「アウディ-NSU-アウトウニオンAG」となり、最終的に現社名に落ち着いたのは1985年のことである